与那原町について
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私達の住む与那原町(よなばるちょう)を紹介します

 

 

 

 

 



町花木:デイゴ


町木:リュウキュウコクタン


町花:ハイビスカス

若夏(5月)の頃、炎のような真紅な花を穂状につけるマメ科の高木落葉樹で、沖縄を代表する熱帯花木である。

沖縄在来の樹木で樹勢強く、普及栽培も容易で、公園樹、庭園樹として最適。
年齢を増すにつれ、黒光りする艶と堅い材質が三味線のさお、家具、装飾などの用材としても重宝されている。

強烈な太陽の下、四季を通じて燃えるように映える原色の花々は華麗である。
品種も多種多様で、生命力あふれるこの花を沖縄では「アカバナー」といい、人々の目を楽しませてくれる。

▲沖縄の400年の伝統を誇っています。
動画で大綱曳の模様を見ることが出来ます。
▲与那原の町を飛び回っているヒーロー達!

 与那原町沖縄本島の東海岸南部に位置し、北緯26度11分44秒、東経127度45分25秒にあって県都那覇市から9qの地点にあり、東南に佐敷町、南に大里村、西に南風原町、北に西原町と4町村に隣接している。

 面積は、4.81qで東西に4.3q、南北に2.1qの長方形をなしており、東南の雨乞森(133m)、北西にそびえる運玉森(158m)にだかれ前方に中城湾を望む海岸線にのびた平坦地である。

 気象条件は、本町に限らず沖縄本島共通の亜熱帯性気候で年間を通して温暖で四季の変化に乏しい。年平均気温は22.3度、年間降水量1688mmで、春から夏にかけて特に雨量が多いが、年によっては旱魃が起こることもある。又、夏から秋にかけては台風が襲来する。

私達の与那原町の歴史は古く、沖縄最古の古謡集「おもろさうし」の中に「ヨナハル」や「ヨナハバマ」(与那原浜)の名で登場して始まる。
与那原の地名は、かつて海岸地であったところの名称であるといわれ先史時代の面影は、きわめて静かで白い砂浜が続く入り江を前にした浦辺の仙境であったと思われる。古代の与那原人が最初に住み着いたころは、上与那原であったといわれている。当時の上与那原は、海に近く漁労に便利でしかも水が豊富だったため、自然に人が住み着き、集落ができたと考えられる。

 明治12年に廃藩置県が施行されたが、与那原はそのまま大里間切の一つに組み入れられ、明治41年の市町村制により大里村の一字となる。大正3年には、那覇-与那原間に沖縄県で初めての軽便鉄道が開通したため、与那原は島尻郡東南部や中頭地方を連結する産業経済の大動脈となり、ますます活況を呈した。
分町問題は昭和3年頃から持ち上がり、昭和19年町制実現を目前にして戦争のため中断されたが、戦後再び分町の気運が高まり昭和24年3月31日大里村より分離し、同年4月1日町制を施行して、20年ぶりに与那原町が誕生した、敗戦後から昭和47年5月15日の祖国復帰までの27年間沖縄の施政権は米国政府の支配下におかれたが、与那原人自らのエネルギーで徐々に復興の道を歩み続け、今日の与那原町を造りあげた。
本町は、平成2年に策定した基本構想「太陽と緑の町・与那原」に沿った東部地域における中核都市、文化都市、福祉都市づくりに邁進している。


▲大正10年頃の与那原


▲現在の与那原

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動画で大綱曳の模様をご覧いただくには「Real Player」必要です。
ダウンロードはこちらから→ 無料でダウンロード出来ます。
大琉球の誇り・与那原大綱曳は、今をさかのぼること四百数十年前、豊凶を祈る神事としてはじまりました。東西に分かれた雌雄二本の大綱の結合によって実りを予祝し、勝敗によって豊凶を占う伝統行事です。支度(シタク)を乗せた大綱が街をねりあるく姿は、まるで神竜を思わせる勇壮な姿です。この祭りに参加すると無病息災、子孫繁栄の御利益があると、町内外から毎年何万人もの人々が参加します。



与那原大綱曳がビデオで見れます
ダウンロードに多少時間がかかりますがご了承ください。
与那原大綱曳 @
与那原大綱曳 A

道ジュネ−

当添エイサー @
当添エイサー A
当添エイサー B
当添エイサー C




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沖縄の小さな町で生まれた、世界を守る正義のヒーロー心やさしい良い子の味方

Created by 与那原町商工会青年部
ヒジキのように海の強さとやさしさがエネルギー。台風のような強さと、さざなみのようにおだやかさを持っている。 与那原大綱曳のように皆で力を合わせることがエネルギー。勝っても負けてもお互いにゆずりあう、やさしいこころの持ち主 家族を守る沖縄の屋根瓦のように強くてじょうぶな身体の持ち主。サンサンと輝く太陽の日差しがエネルギー。
カワラレッド
本名:奥原宗太(おくはらそうた)
瓦作りで鍛えた強いからだと心で町を守る。普段は奥原瓦工場で瓦作りを行っている。
ツナヒキイエロー
本名:上里幸史(うえざとゆきふみ)
ヨナバルファイタースリーのリーダー。
空手の修行を積んでツナヒキエローとなった。普段は且沽Y工業で自動車修理をしている。
ヒジキブラック
本名:新垣信人(あらかきのぶひと)
おっちょこちょいで涙もろいが、強い責任感で困った人を助ける。普段は新垣瓦工場で瓦製造を行っている。
ヨナバルファイタースリーが生まれた与那原町は、沖縄で二番目に小さい町。
昔ながらの人のやさしさと素朴さが残る町です。
ヨナバルファイタースリーが修行している運玉森(うんたまもり)。
この森のどこかで今日も厳しい修行が続けられている。
この森の地下には秘密基地があり、正義を守るための研究と、与那原の特産品の研究が行われているらしい・・・。
秘密基地の入り口は親川拝所だという噂があるが、確かめたものは誰もいない。
与那原町の発展を目指すヨナバルファイタースリーの活動!
 ヨナバルファイタースリーの法律顧問・喜屋武(きゃん)司法書士と町の活性化についての戦略を練るファイタースリー。
 様々な分析や戦略に基づいて活動が展開される。

ヒジキのPRを行なうヒジキブラック

その活躍にマスメディアも注目!
ヨナバルファイタースリーも着ている!
2004.与那原まつりオリジナルTシャツ。

ヨナバルファイタースリーを開発したツハコ博士。
普段は与那原町商工会に経営指導員として勤務している。

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